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アラン・ロブ・グリエの’囚われの美女’


背景はグリエの原作、左下はスチル、右下がグリエ近影

La Belle Captive

フランス 1983

監督:
Alain Robbe-Grillet

キャスト:
Daniel Mesguich
Gabrielle Lazure
Cyrielle Claire
Daniel Emilfork
Roland Dubillard
François Chaumette
Gilles Arbona
Arielle Dombasle

 欧州の風変わりな映画を観たくなってくると、私はその手の海外書籍を幾つか手に取り、パラパラとページをめくって面白そうな映画を探し始める。そこには所謂、ユーロ・トラッシュ、ユーロピアン・トラッシュEuropean Trashと冠される作品が溢れんばかりに紹介されている訳だが、大御所としてマリオ・バーヴァ、アントニオ・マルゲリティからジャン・ローラン、ジェス・フランコ、ポール・ナッシー等の名前が次々に登場する。
 そんな中にはこれは所謂トラッシュとして評価するのはちょっと失礼ではないか?と思われるような人物や作品もあるにはある。マリオ・バーヴァやダリオ・アルジェント辺りがトラッシュと言われるのは、正直違和感がある。つまり、一般受けしなかった単なるマイナーな作品を闇雲に紹介し、それらをトラッシュとして紹介しているのだ。これにはあまり感心できないが、隠れた名作を知るという意味ではいい機会になっている。私は何もトラッシュと言われる作品を好んで見ているのではないのである。要は何故かユーロ・トラッシュとして紹介される作品に自分好みの作品が多いということなのだ。
 しかし、幾ら’愛すべきゴミ作品’と言ってもTrashというマイナスイメージの単語が入っている以上、そこには一般的な作品(この境界線も規定するのは不可能だ)より劣るという作品に対する卑下が存在している感覚は禁じえない。それが悪いと言っているのではない。何故なら、議論を尽くしたところで、最後は個人の主観に委ねられるからだ。要は作品を楽しめればいいのである。
*私のサイト名に関しているTrashという看板もそろそろ外さなくてはならないと思っている。
 さて、何故そのような話題から入ったかというと、今回紹介するのがアラン・ロブ・グリエAlain Robbe-Grilletというヌーヴォー・ロマン文学の大御所の作品だからだ。このアラン・ロブ・グリエの作品群が幾つかの海外書籍で何故かユーロ・トラッシュとして紹介されているのはどうした事なのだろうか?

 でわ、映画界においてアラン・ロブ・グリエという名を聞いたことはあるだろうか?今まで偉そうに書いてしまったが、実は私も前述の海外書籍群から知ったのである。それでも「去年マリエンバートで」(1960年)という作品くらいは多くの方がご存知のことと思う。アラン・レネの監督によるこの幻想奇談は今なお優れた名作として、よく話題にあがる作品である。そして、この作品の脚本がグリエなのである。グリエは文学に限らず映画の世界においても積極的に自分の世界を展開したのである。
 しかし、日本においてはグリエの作品がこれまでまともに紹介されることは無きに等しかったわけで、本サイトでは今後、このグリエについてもスポットを当てていこうと思う。グリエについてのバイオ紹介は次回に譲るとして、最初から奇をてらう必要もない。初回は日本でも数年前にDVDソフト化されている「囚われの美女」(1983年)を紹介しよう。

 地下組織の運び屋ヴァルテル(ダニエル・メグイシュ)はナイトパブにおいて、素性の解らぬ悩ましいブロンド美女(ガブリエル・ラズュール)に釘付けとなる。やがて、ヴァルテルは謎の美女にチーク・ダンスを誘い、二人は恋人同士の様にじゃれあうのだった。
 そんな最中に彼のボス(シリエル・クレール)から指令を告げる電話がかかってくる。ボスとのやり取りの後、再びパブのホールに戻ってきたヴァルテルだったが、彼女の姿は消え去っていた。気を取り直して、ヴァルテルは運びやの任務をまっとうする為に、車に乗り込み夜道を疾走するのだった。
 その途上、彼は重傷を負い気を失った先程のブロンド美女を発見する。ヴァルテルはやっとのことで見つけた大きな屋敷に駆け込み、屋敷の主人に医者を呼ぶよう告げるのだが、何故かその屋敷に監禁されてしまう。閉じ込められて狼狽するヴァルテルであったが、そんな彼に重傷のはずのブロンド美女が誘惑をかけてきた。不可解ながらも男としての反応をするヴァルテル。
 ところが翌朝目覚めると、またしてもブロンド美女が消え去っているばかりか、周りは廃墟と化している。それからというもの彼の行く手に謎のブロンド美女が幻のように幾度も現れ、次第にヴァルテルは自分自身を失い、死へと誘われるのだった・・・。

 ギリシャに伝わるという吸血鬼話「コリントの花嫁」(後にゲーテがこれを詩にした。最古の吸血鬼をテーマにした文学でもある。)にインスパイアされたプロットにベルギーのシュールな画家ルネ・マグリットの絵画「囚われの美女」をモチーフにしたグリエらしい幻想奇談。素晴らしい映像は「ベルリン・天使の詩」アンリ・アルカンが担当。本作がトラッシュであるとか、B級と言われる作品群とは一線を画しているのは明らかだ。
 しかし、マグリットの絵画が放つシュールなメッセージが本作品のプロットと巧く融合しているとは言い難い。というか、このマグリットが描いた絵画自体を予めある程度は理解しておかないと真の意味では楽しめないかもしれない。私としては普段からユング等の著作を多く読んでいる事もあり、このマグリットの絵には深い感慨を抱かずにはいられない。故に幾分か理解できたと自負するし、非常に楽しめる作品であった。
 上の絵画にご注目。これが本作中に幾度も表れるデペイズマン現象を引き起こすマグリットの絵画。一見、このキャンバスに書かれている空はカーテンの裏に広がる空に続いている。これは何を意味するのか?勿論、エッシャーがよく描く騙し絵とは全く次元がことなる絵画だ。おっと図らずも私は今、「次元」という言葉を用いてしまった。そう、カーテンを境界としてお互いの世界は共に相手の存在(世界=異次元)を知らない。いや、我々が知らないだけで、相手は知っているし、我々に影響を与えているのかもしれない(キャンバスの絵につながるカーテン裏の世界に注意)。更に我々は海岸に行っても、単に青空と海しか見えていないのだが(キャンバスの絵)、実際は我々には見えない何かが存在しているのかもしれない(砂浜上に存在する黒い物体は我々には見えないのでキャンバスに描くことができない・・・)。まだまだ書き足らないのだが、長くなるのでここまで!以上の感想は何かの資料等を読んだわけではなく、率直に私が感じたことである。

 そして、グリエが本作「囚われの美女」や「去年マリエンバートで」で描きたかったのは、正にこの事であったに違いない。それ故に、私としては本作を大いに楽しめた反面、アプローチの工夫をもう少し欲しかったかなっていう思い。さて、皆さんのとしては如何なものだろうか?

2004.09.04 All right reserved by Lina Romay????

 


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