その途上、彼は重傷を負い気を失った先程のブロンド美女を発見する。ヴァルテルはやっとのことで見つけた大きな屋敷に駆け込み、屋敷の主人に医者を呼ぶよう告げるのだが、何故かその屋敷に監禁されてしまう。閉じ込められて狼狽するヴァルテルであったが、そんな彼に重傷のはずのブロンド美女が誘惑をかけてきた。不可解ながらも男としての反応をするヴァルテル。
ところが翌朝目覚めると、またしてもブロンド美女が消え去っているばかりか、周りは廃墟と化している。それからというもの彼の行く手に謎のブロンド美女が幻のように幾度も現れ、次第にヴァルテルは自分自身を失い、死へと誘われるのだった・・・。
ギリシャに伝わるという吸血鬼話「コリントの花嫁」(後にゲーテがこれを詩にした。最古の吸血鬼をテーマにした文学でもある。)にインスパイアされたプロットにベルギーのシュールな画家ルネ・マグリットの絵画「囚われの美女」をモチーフにしたグリエらしい幻想奇談。素晴らしい映像は「ベルリン・天使の詩」のアンリ・アルカンが担当。本作がトラッシュであるとか、B級と言われる作品群とは一線を画しているのは明らかだ。
しかし、マグリットの絵画が放つシュールなメッセージが本作品のプロットと巧く融合しているとは言い難い。というか、このマグリットが描いた絵画自体を予めある程度は理解しておかないと真の意味では楽しめないかもしれない。私としては普段からユング等の著作を多く読んでいる事もあり、このマグリットの絵には深い感慨を抱かずにはいられない。故に幾分か理解できたと自負するし、非常に楽しめる作品であった。
上の絵画にご注目。これが本作中に幾度も表れるデペイズマン現象を引き起こすマグリットの絵画。一見、このキャンバスに書かれている空はカーテンの裏に広がる空に続いている。これは何を意味するのか?勿論、エッシャーがよく描く騙し絵とは全く次元がことなる絵画だ。おっと図らずも私は今、「次元」という言葉を用いてしまった。そう、カーテンを境界としてお互いの世界は共に相手の存在(世界=異次元)を知らない。いや、我々が知らないだけで、相手は知っているし、我々に影響を与えているのかもしれない(キャンバスの絵につながるカーテン裏の世界に注意)。更に我々は海岸に行っても、単に青空と海しか見えていないのだが(キャンバスの絵)、実際は我々には見えない何かが存在しているのかもしれない(砂浜上に存在する黒い物体は我々には見えないのでキャンバスに描くことができない・・・)。まだまだ書き足らないのだが、長くなるのでここまで!以上の感想は何かの資料等を読んだわけではなく、率直に私が感じたことである。
そして、グリエが本作「囚われの美女」や「去年マリエンバートで」で描きたかったのは、正にこの事であったに違いない。それ故に、私としては本作を大いに楽しめた反面、アプローチの工夫をもう少し欲しかったかなっていう思い。さて、皆さんのとしては如何なものだろうか?
2004.09.04 All right reserved by
Lina Romay???? |